年表
ドミナトリクスとしての職業活動は1991年から35年。緊縛は2001年の末、六本木の老舗SMバー「ミストレス」で学びはじめてから四半世紀。うち2004年から乱田舞のもとで修業しました。
別々に積み重ねてきた二つの専門性は、2022年の師の逝去を境に、一つの仕事へと収束していきます。受け継いだものを、次へ渡すことです。
I · Foundation 1970–2003
職業としての出発
京都に生まれる
ドミナトリクスとしての職業活動を開始
福岡・SMクラブ「エル倶楽部」。ここが出発点。2000年には同じ福岡の「シークレットクラブ」へ移る
上京。六本木の老舗SMバー「ミストレス」でショーを一から学ぶ
同年末、緊縛を本格的に学びはじめる。ショーができる水準まで、ここで身につけた。同年、プレイパーティー Dominate! を開始
ADAMAS(旧・中野クイーン)
II · Independence & Lineage 2004–2019
独立、そして継承
独立。そして乱田舞に師事
自社メーカー『絶頂』、サロン Natsukiss、SMクラブ ENIGMA を設立。同時に、外部メーカーでAV監督としての活動を開始し、作品にも多数出演
大久保 GUILD 開店
二代目 乱田舞 襲名披露
襲名披露は3月25日、カサブランカ新宿にて。師の誕生日と同じ日に、乱田流緊縛道を継承した。同年、安全な緊縛のための啓発活動として青縄会を発足し、SMクラブ La Cage を開店
緊縛事故防止の活動を本格化
指導の会『青学』を開始。BDSMセーフティサポート協会を設立
特定非営利活動法人として認証(10月30日)。代表理事に就任。法人は2023年2月に解散し、その役割は乱田流緊縛塾と『緊縛学』へ引き継がれている
『現代緊縛入門』を共同執筆・自費出版
この頃までに、ビデオ監督・出演はそれぞれ200本を超える。国内外の舞台で緊縛ショーに出演
SMクラブ Royal Blue 設立
III · Departure & Return 2020–
閉じたあとに、始まったもの
五十歳を区切りに、SMからの引退を宣言。すべての仕事を閉じる
三十年に近い職業活動に、自ら区切りをつけた。
乱田舞 逝去 ── 活動を再開する
自分のためではなく、師から受け継いだものを保存し、次の世代へ伝えるために戻った。同じ頃、学びを求める新しい女王様たちの声を受け、その育成も引き受ける。以後のすべての仕事は、ここから始まっている。
同年、株式会社two. を設立。目的はセックスワーカーのセカンドキャリア支援。その母体として、カフェ Inclusion とトレーニングジム Secure Base を東京・御茶ノ水に開業
乱田流緊縛塾 開校
師が2005年頃に主宰していた「乱田塾」を引き継ぎ、復活させたもの。新設ではなく、継承である。同年、La Cage も復活させ、女王様の育成を再開。日本ソムリエ協会認定ソムリエを取得したのもこの年
SMクラブ La Cage ── 女王様の育成と活動を続ける
2012年に開店し、一度閉じ、2024年に復活させた場所。緊縛と、女王としての技。二つの専門性が、いま同じ一つのことをしている ── 次に渡すこと。
『緊縛学 ― 技・美・身体の日本文化』 刊行予定
歴史・思想・解剖学・安全設計から、緊縛を日本の身体文化として体系化する
35年
ドミナトリクスとしての職業活動
1991 —
25年
緊縛 ― 六本木「ミストレス」で学びはじめる
2001 —
14年
安全のための活動 ― 青縄会 発足から
2012 —
2代目
乱田流 ― 師の存命中に襲名
2012
縄は縛っているんじゃなくて、心を解放しているんですよね。
── 乱田舞(1959年3月25日 – 2022年)
"The rope is not binding someone. It is releasing their heart."
— Randa Mai (1959–2022)