職業活動 緊縛・継承 安全・教育 事業 転機

I  ·  Foundation  1970–2003

職業としての出発

1970

京都に生まれる

1991

ドミナトリクスとしての職業活動を開始

福岡・SMクラブ「エル倶楽部」。ここが出発点。2000年には同じ福岡の「シークレットクラブ」へ移る

2001

上京。六本木の老舗SMバー「ミストレス」でショーを一から学ぶ

同年末、緊縛を本格的に学びはじめる。ショーができる水準まで、ここで身につけた。同年、プレイパーティー Dominate! を開始

2003

ADAMAS(旧・中野クイーン)

II  ·  Independence & Lineage  2004–2019

独立、そして継承

2004

独立。そして乱田舞に師事

自社メーカー『絶頂』、サロン Natsukiss、SMクラブ ENIGMA を設立。同時に、外部メーカーでAV監督としての活動を開始し、作品にも多数出演

監督として関わった主なメーカーネクストイレブン / グローリークエスト / 麒麟堂 / AVS

2009

大久保 GUILD 開店

2012

二代目 乱田舞 襲名披露

襲名披露は3月25日、カサブランカ新宿にて。師の誕生日と同じ日に、乱田流緊縛道を継承した。同年、安全な緊縛のための啓発活動として青縄会を発足し、SMクラブ La Cage を開店

2014

緊縛事故防止の活動を本格化

2015

指導の会『青学』を開始。BDSMセーフティサポート協会を設立

特定非営利活動法人として認証(10月30日)。代表理事に就任。法人は2023年2月に解散し、その役割は乱田流緊縛塾と『緊縛学』へ引き継がれている

2016

『現代緊縛入門』を共同執筆・自費出版

この頃までに、ビデオ監督・出演はそれぞれ200本を超える。国内外の舞台で緊縛ショーに出演

2019

SMクラブ Royal Blue 設立

III  ·  Departure & Return  2020–

閉じたあとに、始まったもの

2020

五十歳を区切りに、SMからの引退を宣言。すべての仕事を閉じる

三十年に近い職業活動に、自ら区切りをつけた。

2022

乱田舞 逝去 ── 活動を再開する

自分のためではなく、師から受け継いだものを保存し、次の世代へ伝えるために戻った。同じ頃、学びを求める新しい女王様たちの声を受け、その育成も引き受ける。以後のすべての仕事は、ここから始まっている。

同年、株式会社two. を設立。目的はセックスワーカーのセカンドキャリア支援。その母体として、カフェ Inclusion とトレーニングジム Secure Base を東京・御茶ノ水に開業

2024

乱田流緊縛塾 開校

師が2005年頃に主宰していた「乱田塾」を引き継ぎ、復活させたもの。新設ではなく、継承である。同年、La Cage も復活させ、女王様の育成を再開。日本ソムリエ協会認定ソムリエを取得したのもこの年

現在

SMクラブ La Cage ── 女王様の育成と活動を続ける

2012年に開店し、一度閉じ、2024年に復活させた場所。緊縛と、女王としての技。二つの専門性が、いま同じ一つのことをしている ── 次に渡すこと

2027

『緊縛学 ― 技・美・身体の日本文化』 刊行予定

歴史・思想・解剖学・安全設計から、緊縛を日本の身体文化として体系化する

35

ドミナトリクスとしての職業活動
1991 —

25

緊縛 ― 六本木「ミストレス」で学びはじめる
2001 —

14

安全のための活動 ― 青縄会 発足から
2012 —

2代目

乱田流 ― 師の存命中に襲名
2012

縄は縛っているんじゃなくて、心を解放しているんですよね。
── 乱田舞(1959年3月25日 – 2022年) "The rope is not binding someone. It is releasing their heart."
— Randa Mai (1959–2022)