私は中野で、自分のダンジョン(スタジオ)を持っている。
スタジオなので時々撮影に使ったりすることはあるけど、
自分の本業が忙しくて貸す作業もできないまま、ほとんど誰も出入りせず遊んでいる場所・・・。
自分のイメージで描いた絵を元に、作ってもらった吊るし台があるから
なかなか引き払う気持ちになれずほとんど使いもしないのに維持している状態が続いている。
愛着のある場所なので、お部屋が寂しそうに感じて1年前から月に1度だけ「サロン」として解放するようになった。
M男くんから直接お金を受取ったりするのがどうも苦手で、お金もらうのは心苦しいけど
今は皆に維持費として少し協力してもらうことにしてる。
どうしてMからお金をもらうのが嫌かと言うと
「買われてる」気分になるから。
料金を払ってもらいたい時は
どうしても「はい、お金」的なことを言ってお金を受取ることになる。
これがどうも苦手。
ずっと女王様になりたかったから、奴隷をお金で買って自分が食わせたいと思ってた。
でも、生きていく為Mからお金をもらわなきゃいわけで
以前はどうしても、自分で請求してお金をもらわなきゃいけなかった。
これがどうも苦手。
個人営業してた時から、お金は気持ちで封筒に入れてきてもらうようにしてた。
なんか、「女王様」「奴隷」と言いながら現金を手にする自分がすごく気持ち悪くて、前は金額をきちっと設定せずに「謝礼」という形で封筒に準備してきてもらうという形が一番しっくりきた。
だから、クラブに所属しない時期にプライベートでの個人奴隷が出来た時は仕事抜きで、自然な形のSMを楽しもうと思った。
けれど・・・、
後々、
それはそれですごく問題だということを知ることになる。
仕事として、バーや個人営業やサロン等でSMをしていると
プレイの時間を作るのは仕事優先。
生活するために仕方がない事情ではあるのだけど、個人奴隷としては、お金が発生しないとプレイしたくても言い出せない状況に陥るようだ。
それで何人かと揉めた。
正確には「終わった」。
奴隷は奴隷で、私を気遣ってくれてプレイしたい気持ちを心の中に押し込める。
「お金も発生しない自分とのプレイより、お仕事を優先させて下さい」という風に。
それを言葉にして伝えてくれればまだ良いのだけど、大抵の奴隷はその気持ちすら伝えられない。
それが彼等の素敵な優しさでもあるのだけど、忙しくしている方はその気持ちを見過ごしてしまったり、奴隷の気遣いに甘えたりしてしまう。
けれど、その気遣いがコミュニケーションを途絶えさせる。
そして、それが続くうち
奴隷の心にプレイできない辛さと、お客さんとしてプレイしに来る他の人たちへの嫉妬が芽生えていき・・・
やがてそれは私に対する不満になり
いつしか風船のように、奴隷のドロドロした心は膨らんでいき
ある日、バーンと破裂する時が来る。
それはとても悲しい結末。
一度剥がれてしまった接点は、プレイしても仮止めぐらいにしかならず
、関係は不満が爆発的に噴出して、あっけなく終わってしまう。
今まで、何度もそんな悲しい経験をした。
女王と奴隷は、
本来奴隷の気持ちで、自分の一生懸命働いたものから
主人を想ったプレゼント(あまり好きな言葉じゃないけど「貢物」)を差し出す。)
それは1冊の本であったり お金であったり 車であったり 夢であったり・・・
その奴隷の考える精一杯の気持ちが表れるものなら何でもいい。
逆に私が奴隷のことを思って「これを奴にあげたら喜ぶだろうな♪」とプレゼントすることもある。
「人は受けるより与える方が幸福」という生き物だと思う。
喜びの大きさは、モノを貰った時よりも
贈る相手が喜んだり驚いたりすることを想像しながら何かをして
それを受け入れてもらった(喜ぶ顔が見れた)時のほうが大きい。 贈り物は、 何かを贈る為に一生懸命働いたり
一生懸命考えてくれたり、 相手を想って一生懸命選んでくれたものは
相手が喜ぶ姿を見たとき初めて報われるものでもある。
女王様になる!そう思っていたものの何にもわからない頃は
クラブにリピートして来てくれただけで
「ありがとう、また来て下さい!(深々)」と
サービス業的な反応になってしまって、M男くんからげんなりされることもあった。(笑)
サービス業的な感覚を脱してからも、 奴隷からのプレゼントがあまり立派だと困惑してた。
金額や形なんて、表面的な「形」でしかないのにね。
恥ずかしくて恥ずかしくて逃げ出したいのに
私の顔を思い出し、1人ランジェリーショップへ行って
丁寧に選んで
くてて、毎月私が履く下着を贈ってくれている
奴隷の気持ちも、私にとっては高価な贈り物と同じぐらい素敵なプレゼントだと思う。
物や行動は、自分が想う大切な相手への気持ちを表現する方法でもあると思う。
とかく汚く、下世話な考えやゴシップで汚されがちだけど
自分が純粋に愛する相手には、すべて投げ出したいと思うはず。
そして、全て投げ出させるのが支配だと思う。
純粋な気持ちを持ってくれない相手に全て投げ出そうとすることは
さらけ出す世界であるSMの中ではそう成立するものではないと思う。
お互いが純粋な気持ちが生まれるから、成り立つことじゃないのかな。
それが無い人に対しては、何も受取りたくない。
物を貰えば何らかの「見返り」が必要になるものだから。
何かを返したい、与えたいと思う相手でなければ贈りも受取りもしない。
それを理解してやらず、
体裁を気にして善人ぶっているのは主従関係において、無意味なことなのかもしれない。
受取れば受取ったで 仰々しいものを貰った時、他の人に見られたり聞かれたりする時は自分自身勇気が要る。
でも、奴隷のピュアな気持ちの表現だと思って
奴隷を自慢してやるのも主人の役目だと思う。(日本人なので、自分の身内をわざと腐すようなことを言って照れ隠しすることが多くて誤解を招いてしまうようですが)
さて、女王様と奴隷の主従関係はそんな思いあう気持ちの表現だけで成り立つべきなのですが
奴隷になれるM男くんの大半は、相手を強く想うタイプの人。
だから気遣いすぎて、自分のドロドロした欲望の部分を言えなくなる。
泣きながらプレイしたかったんです・・・。と最後の最後に吐き出す奴隷の言葉ほど辛いものはない。
「どうして素直に言ってくれなかったの!?お前は私の奴隷なんだから、ちゃんと言えばいいでしょ!?」
「言えなかったんです・・・言いたくても・・・言えなかったんです・・・」
そう言って涙を流す。
「いっそお客さんだったら・・・言えたかもしれません・・」
後は声にならなかった。
私は返す言葉が無かった。
プライベートの個人奴隷なのに・・・・・・。
それから、すごく悩んだ。
何度も何度も悩んで胸が締め付けられた。
それでも、また別の奴隷と同じ繰り返しをする。
それで思った。
結局、線を引いてあげるのも優しさかもしれない。って。
一緒に食事をしたり、のんびりくつろぐ時間に足元に置いたり
プレイ以外の時間は、何も気にせずそのまま楽しめるけど
プレイはプレイの「謝礼」を払わせる方が、彼等にとってはお願いしやすいことだとわかった。
Mは本当に難しい、ものをあまり喋らない子供と同じ。
叩いて泣かせても、喋らない心の声をひた隠しにする。
主人は親のようなもので、その傾向を理解してその子が楽に遊べるための「ルール」を設けてあげることも必要だと思った。
色んな悲しい失敗の結果、今の私はプレイする時は「謝礼」をもらう。
(ほとんどプレイしてませんが;)
それか、私が払う。
タカとは、思い切りプレイする時は仕事を入れて私がギャラを払っている。
買われている感覚はとてもいいようだ。
「料金」という時の苦い思いは嫌だ。
でも、それが相手を楽にすることもあるというのは皮肉なことだと思う。
金額もいくらでもいい、でも
安いから、という動機は嫌。
学生がバイトしたお金から払う1万円の重み、余裕のある人の同じ金額の持つ意味。
お金というのは難しい。
小さい頃から「お父さんっ子」だった私の中には
父の言葉がいつも残っている。
「金はどうでもいい、金じゃなくて本質を見ろ」
お金から見える本質もあるということを言っていたのかなぁ。
そういうわけで、悲しいかな私と関わるSMプレイの部分には
悲しい「お金」という一線を引くことに決めたのです。
今はお金でもなかなか時間を作れないことがほとんどだけど
お金には皮肉な相互作用があるようです。
できれば、サロンに来てくれたり
タイミングが上手くあってプレイをする機会がある時は
お礼の気持ちを封筒に包んで、私に甘える免罪符にして下さいね。(笑)
こういう話は書いてても、妙にストレス感じますね。
日本語って難しいな。
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